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仙台の象徴、伊達政宗

2014.10.03 | Category: 仙台宮城情報

 
 

仙台の象徴 伊達政宗 エピソード

 

伊達政宗公

 

もはや説明不要なほど、歴史好きでなくとも名前は聞いたことがあるであろう圧倒的知名度をほこる、初代陸奥仙台藩主伊達政宗公。
激戦の戦国時代を生き抜き、現在ゲームやメディアなど様々な分野で取り上げられており、老若男女問わず人気の高い戦国武将の一人です。

 

伊達男」の語源になるほどオシャレで男前だったという話しや、「ずんだ」や「凍み豆腐」を考えたと言われるほど料理にも精通していたり、有名な「仁義礼知信」の教えを説き教育者としての顔も持ち合わせていたりと、聞けば聞くほど完璧超人っぷりが際立つ政宗ですが、逸話や残っている資料などをみると、なかなか破天荒な人物だったようです。
 

今回は、政宗の裏話・逸話をまとめてみました。

 

 

≪仁義礼知信の教え≫

 

 

仁に過ぎれば弱くなる。
(人を思いやる気持ちが強くなると、意見も言えなくなる)

 

義に過ぎれば固くなる。
(正道ばかり強調すると頑固になる)

 

礼に過ぎれば諂(へつら)いとなる。
(礼も過ぎれば無礼になる)

 

知に過ぎれば嘘をつく。
(弁が立つ人は、ともすると騙そうとする)

 

信に過ぎれば損をする。
(信用しすぎるとう裏切られる)

 

 

 

其の壱、戦中に味方軍を後方から撃ってからの開き直りがすごい件

 

これは、「伊達の味方討ち」として大阪夏の陣において本当にあったことで、自軍前方で戦闘中だった神保相茂の部隊を後方から鉄砲で撃った、というもの。

もちろんその後、抗議をうけました。この抗議に対して、「神保隊が明石隊(敵軍)の攻撃をうけ総崩れとなっていたため、それに巻き込まれないためにやむなく撃った。伊達の軍法に敵味方の区別はない。」と返したとか。
つまり、「あのまま(神保隊が)敗走して、こちらの部隊まで巻き込まれて被害が大きくなるより、神保隊を討つことで自軍全体の敗北を避けたものだ!全体の負けにつながる可能性があれば味方だって倒すのが我々のやり方です!」という主張を通し、結局お咎めなしでした。

ただ事が事だけに様々な説がとびかい、手柄を妬んだという説も出ていますが、公的な文書には神保相茂は「奮戦して死す」といったものしか残っておらず真相はわかっていません。
しかし、「
間違った」ではなく「やったはやったけど…」と開き直りの仕方も伊達男。ただ者ではありません。

 

 

 

其の弐、高価な茶碗を叩き割った件

 

ある日、政宗が高価な茶碗(高麗天目茶碗と言われる朝鮮王朝時代のものだったらしい)を鑑賞中のこと。ふと手が滑ってしまい茶碗を落としそうになりますが、なんとか割らずに持つことができて冷や汗をかいた直後…、なんと必死にキャッチした茶碗を今度は勢いよく叩き割ります!
いきなりどうしてそんな行動をとったのかというと、
「茶碗ごときに焦ってしまった自分の器量に腹が立ったから」だといわれています。

 

 

 

其の参、忠誠しているのかいないのか不明な件

 

江戸幕府がはじまり2代目の徳川秀忠の代になった頃、仙台藩江戸屋敷に秀忠を招待し食事を振舞おうとしたところ、秀忠側近の内藤正重に「伊達殿に鬼見(毒見)してほしい」と言われたことに対し、「10年前(幕府の基盤が盤石でなかった頃)なら謀反をおこす気もあったけれど、その時でも毒殺というセコイことはせず、一槍交えて戦おうとしただろう!!」といって激怒したそうです。
 

このやりとりを聞いて「流石(さすが)は伊達の親父殿よ」と涙したそうです。…起こす気はあったんですね。謀反。

 

 

 

                              

 

 

 

伊達政宗の裏話・逸話、いかがでしたか?本当であればちょっとイメージが変わるかもしれないですね(笑)

まだまだ様々なエピソードがあるので、また次回お届けします!

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